下記の文章は

このサイト[休日旅行人]が始まる前

Eメールで知人に宛てた「旅行記」である

 

よくもまあ、こんなことをしたもんだ(・∀・)

 

もらったほうも文章が長くて

読みづらいと言われたのである(笑)

 

ともあれ

画像はありませんが

とりあえず読んでください

 

 

 

 

 

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乗った食べた飲んだ入った

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○■疾風怒涛の37時間■○

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<<出発の朝>>

 

 まだ夜明け前の駅。始発電車はホームには入ってきていない。これからおよそ37時間、1,200kmの旅が始まる。年末だというのに寒くない朝だ。程よい緊張感と期待が入り交じった不思議な気分である。

’97年12月27日午前5時26分出発。18きっぷを懐にして、風の吹くままが理想であるが取りあえず目標を立てた。

★できるだけその土地の食べ物を食べること

★可能な限り地酒に触れること

★時間と体の許す限り温泉を制覇すること

 はたしてこの目標の通りことが運べばいいのだが現実はそう簡単にはいくまい。それが常であるのだから。

 

<<上野駅>>

 

上野駅に7時すぎに到着。計画では8時06分の電車に乗り換えなので一時間程時間がある。年末の帰省ラッシュが始まってもいいはずだが、まだピークではないようだ。ここで朝食をとることにした。モーニングセットのトーストを頼んだがどうも腹にズンとこない。このさき食事が取れないことも考えて別のところでカレー南蛮を頼む。我ながら大食いである。立ち食いのそば屋であったがなかなか旨かった。

 

<<車内にて>>

 

 食後の満腹感で段々とまぶたが重くなる。うつらうつらと夢の世界へ入っていった。何せ4時起床である。どっちみち寝過ごしても高崎止まりである。車内は立っている人はいない。すいている。高崎につく30分前に目がさめた。変な特技であるが僕は終点の前で目がさめる。乗り過ごしたことは今のところ記憶がない。

 

<<高崎駅>>

 

 高崎駅9時52分定刻通り着。そういえば信越線の横川、軽井沢間が新幹線になって駅の案内表示が変わっていた。もう在来線ではいけないというのは寂しいものがある。ここで昼食用の鳥肉弁当を購入。

 

<<上越線車内>>

 

 車内は大きな荷物を持った人達がたくさんである。どうやらスキーに行くようである。がしかし山に近づいても雪らしきものが積もっていない。いやな予感がする。これから先の只見線は雪景色を期待していたのに。

 

<<トンネルを抜けると>>

 

 トンネル内に駅のある湯檜曽を出発する。螺旋状に弧を描いて勾配を登って行く。トンネルの壁に等間隔に並べられた蛍光燈が車窓に映る。「コォォォゥ」とレールの響きが車内に轟く。そして

 

トンネルを抜けると雪国であった。

 

前にもここの場所を電車で通ったことがあるが、何度通ってもこの風景はびっくりする。しかし次のトンネルを抜けて土樽に出ると、だんだんと雪は少なくなり、ついには止んでしまった。暖冬は嘘ではなかった。

 

<<小出駅>>

 

 小出駅にて只見線に乗り換える。二両編成のディゼルカーは、それなりに席が埋まっていた。

帰省らしき人に交じって重装備の人もちらほらみかける。山にでも登るのであろうか。ここから会津若松までは、およそ四時間の行程である。雪の無い雪国が窓の外に広がっている。ここ只見線は日本でも有数の豪雪地帯を走るである。なのに雪はまばらにしか振っていない。単調なレールのジョイント音がまるで子守り歌のように聞こえてくる。まどろみのなかにゆるやかに入ってくる。それは不快なのではなく心地好い。途中、田子倉駅で大きな荷物をもった人達が降りていった。あたりは民家もまばらである。

 

<<越後川口駅>>

 

 15時08分越後川口駅着。ここは只見線の真ん中辺にあたる駅である。ここで初めて下り列車と交換。ちなみに小出から会津若松へ乗り換えなく通しで乗れる列車は一日に3本しかない。運転本数が少なく、利用客がそれほど多くもないのに廃止対象にはなっていないのは、道路が雪に埋まって使えなくなるから、地元の交通の便を確保するためだそうだ。それにしても雪がない。この駅でおやつ調達。この先、売店はないようだ。車両を先頭のへ移る。またもや夢の中へ。

 別の席に座っている、オジさんの声で目を覚ますと谷間いっぱいに特大サイズの虹が見えた。写真を撮ろうとしたが間に合わなかった。

 

<<キハ58>>

 

 ここで、この先頭車両、キハ58について書いておこう。この車両は、もともと急行用に作られた気動車である。オリジナルは180馬力のディーゼルエンジンを2台積んであるが、近年JR東日本では旧形気動車のエンジンの交換を行い直噴形のディーゼルエンジンに変わったそうだ。記憶が正しければ、イギリス、カミンズ社250馬力のエンジンを230馬力に調整して2台載せてあるそうだ。しかし新型のディーゼルカーは車両自体が軽いうえに、エンジン1台で440馬力あるから当然旧形キハ58は非力である。現役で急行の運用についているのは全国で、数えるしかない。ほとんどがこの只見線のようにローカル線の普通列車に使われているている。個人的には人の温もりを感じさせる好きな車両のひとつだ。

 

<<喜多方>>

 

 会津若松を経由して喜多方につくとあたりはまっくらである。ホームには出迎えの人達もちらほら目に受ける。喜多方といえばもちろんラーメンである。喜多方も何回か訪れたことがあるが、駅前にあるお店が個人的には好きである。値がはったが、コーンチャーシューメン(醤油味)を注文した。ここのチャーシューは半端でなく大きくそしてウマイ!。大きさはおよそ12Cm×5Cm、厚さ5mmだろうか。はじめは2枚しか見えなかったが、丼のなかに折り重なるようにあと3枚静かに沈んでいた。恐らく自家製だと思われるこのチャーシューは口の中で「ホロッ」ととけていく。おまけにラーメンのスープは甘くもなく辛くもなく全部平らげてしまった。うまみ調味料をたくさん使っていないせいかトンがった刺激的な味ではない。少し表面は油っぽいように見えるか、飲んでみるとそうではなく絶妙なバランスでつくられた透明感のあるスープである。また麺は幅3mmほどの手打ち麺である。やや平べったく縮れた麺は、醤油のスープとからまり程よいコシがある。

おいしいものは現地までいかないとダメなようだ。

 

<<新潟へ>>

 

街のなかをしばらく見物しようかと思ったが、夕暮れと同時に閉店している店が多い。予定を変更して一本早い列車で出発することにした。あたりは真っ暗で何にも見えない。またもや満腹とあいまって眠くなってくる。

 

<<万代橋>>

 

 さて着いたはいいが、時間がまだある。胃袋と財布と相談をして?日本酒を飲みに行くことにした。あまり飲めないので、どの店にするか少々迷う。あまり高くないようなそば屋に入る。ガラガラではなかったが店内は仕事納めらしいサラリーマンと学生らしきグループしかいなかった。地方の夜は早いのだろうか、それとも年末だからであろうか。メニューを見るとそば屋であるから当然そばだけなのだが「へぎそば」というのがあって「3〜4人前」と大きな器にドーンと載ったそばの写真があった。もう少し胃袋に空きがあったら2人前のを頼もうかと思ったが、やむなく普通のざるそばを頼んだ。こしがあっておいしい。そして日本酒は2種類あった。一つは久保田、もう一つは麒麟山。ぼくは前者の久保田を選んだ。飲み口は軽快で、香りがいい。冷酒で頼んだのからでもあるが・・・。後でドンとくると困るのでチビチビ飲んだ。

 

<<万代橋>>

 

 まだ時間がある。いったん新潟駅の待合室に戻ったが、酔いを醒ますためにも近くを散歩した。案内版をみると万代橋まで歩いて行っても大丈夫のようなので歩いて行くことにした。21時をすぎたばかりてほとんどの店はシャッターが閉まっている。しばらくすると橋がみえてきた。ライトアップされていて奇麗であった。

 

<<ムーンライト越後>>

 

 23時27分定刻通り新潟を出発。出発したときは座席は全部埋まっていなかったが、進につれてうまってきた。東京に行く人だけではなく、飲んだあとの終電のような使われ方をする人もちらほらみかけた。夜行列車にはめずらしく女子高校生のグループが乗り込んでいる。昼間ではあまり気にならないが、夜に声高に喋られるとちょいと困る。聞きたくもないに聞こえて来た会話の内容からコミケ、つまりコミックマーケットか。漫画の同人誌の集まりに行かれるようで、それでもってなにやら車内で作ってるのだ。・・・困るんだけど、まあ、我慢する。途中駅で車内の照明が薄暗くなる。夜行列車の雰囲気が濃くなる。窓の外は真っ暗で時折街灯が浮かんでは消える。なかなか眠りにつけない。そうそうするうちに時間が過ぎて行く。

暇潰しにデッキに行くと電車の洗面所で朝シャンをしている若い男性をみかけた。あれは一体なんだったろうか。

 

<<赤羽駅>>

 

赤羽駅で越後湯沢へコースを逆行する。どうしてこんな手のこんだまねをするかというと、時間調整のためである。ほとんど宿屋代わりである。朝早く着いても駅にはだれもいし寒いないからである。ホームには飲み込んで赤羽駅で始発で帰る人もちらほら見掛ける。電車に乗り込むとようやく眠くなってきた。

 

<<高崎駅/再び上越線>>

 

ほとんど野生の本能だろうか。どんなに眠っても降りる駅の前で目覚めるのだ。高崎駅に眠い目をこすりながら電車をおりる。さて朝食だとあたりを見回しても開いているお店はない。駅弁で朝食とした。

 前日と同じ様な種類の乗客が車内にいる。スキーを担いだ人達が多く見られる。結末を知った映画を再びみるようなものである。(途中は前日と同じなのでここでは省略する)

 

<<温泉へ>>

 

 越後湯沢に降りて温泉へ。この日も雪がない。スキーをする人達はさらに標高の高いスキー場へバスで移動を始めている。「駒子の湯」に向かう。川端康成の小説、雪国のヒロイン駒子にちなんで付けられた名前だそうだ。それはともかくとして、いけどもいけどもその建物がない。どうやら道に迷ったかと思ったが。ガイドブックに載っている方向に行ってみたが、そこにはナイ!ない!無い!!!。少し戻ると看板がある。案内板とガイドブックは位置がずれている。今度は案内版に沿って行くとようやくその建物がみえてきた。ガイドブックの記載の方が間違っていたのだ。道を隔てておよそ300m、ほかの建物に隠れてそいつはあった。さっそく温泉へ。昨日の夜駅の近くに銭湯が無かったのでようやくサッパリできる。共同浴場なので観光客よりも地元の人達の姿が目につく。お湯は単純温泉で色は無色透明。さらっとした感触の湯である。時間を逆算するとまだ時間があるのでもう一つイケそうである。さっさと身仕度を整えて今度は湯沢駅構内の温泉に行くことにした。外に出ると雨はほとんどやんでいた。実はここで傘を忘れたことに後で気がついた。イー気持ちで歩いているとこれだから困る。ぷらぷらと歩いて駅へ。道路には融雪ノズルが埋設されている。東京近郊のナンバーの車が目につく。

 

<<ぽんしゅ館>>

 

 もう一発温泉に入るまえに一杯引っ掛けることにした。越後地方の地酒を集めた「ぽんしゅ館」という施設がある。500円で5回利き酒ができるそうな。はいってみると、利き酒用のコップは小さな「おちょこ」であった。これじゃああまり飲めないなあと思いつつも利き酒(というか試飲だな)を始めた。専用コインを機械に入れるとおちょこ一杯分のお酒が出る。合計5回できるのだが・・・「越乃寒梅」と「上善水如」の名前は覚えているが後はもう・・・フィーバーというかハイな気分になってしまった。僕の日本酒の好みが「あっさりめ」で「香りが高い」タイプだとわかっただけでもよしとしよう。同じ施設内で昼間から日本酒の飲めるところもある。興味ある方はどうぞ!

 

<<酒風呂>>

 

 多少千鳥足になりつつも足は同じ施設内の温泉へ。ここは温泉に日本酒の醸造課程で出る日本酒のエキスを混ぜてあるという事だ。温泉の種類は駒子の湯と同じ単純温泉であるが、日本酒のエキスが入っているせいか滑らかな感じのする湯である。備え付けのボデイソープやシャンプーも日本酒のエキスがはいっている。徹底して日本酒である。湯上がりはつるっとしていて体があったまる感じだ。もっとも、あったまる感じはさっき飲んだお酒のせいもあるが。

 

<<帰途へ>>

 

 風呂の後は帰るだけである。車内で飲むワンカップを買った。「蔵酒」と書いた濁り酒である。電車に乗り込み、辛うじて雪の降っている土樽付近で封を開けた。豊潤な香りが口の中に広がった。それからおよそ30分後僕は夢の中にゆっくりと入っていった。しかしどんなに酔っても乗り換えを間違えないところは我ながらたいしたものである。疲れと酔いで眠りつつ何とか自宅に到着。およそ37時間中、車中で26時間をすごした旅が終わった。

 

****完****

 

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